そういや自己紹介ページ作ってなかったし、20代の人生を真面目に振り返る

なんやねんこの記事は

私ジュニーは、つい先ほど20代に別れを告げました。

やっぱり三十路突入って人生の一つの節目を感じるんだよね。ここから老いが加速し始めるんだろうなと。

そこでふと人生を振り返ろうと思ったんだけど、元々私は記憶力よわよわで忘れっぽい体質ってのもあるから、10歳までの記憶はほとんど無いし、10代はひたすら勉強頑張ってたくらいの印象しか無いから語るに値しない。

だから20代の人生をどう歩んだか、リアル面とゲーム面で語っていこうと思う。

20歳

ゲーム面

後述の通り、リアルが忙しくてあまりゲームでは遊んでいなかった。

この頃のポケモンはBW。ちょうどPDWのサービスが始まった頃で、夢特性集めとポケモン育成にいそしんでいた記憶。

あと、この頃からサービス開始したパズドラ。未だにランク1000届いてないけど、唯一今でもプレイしているソシャゲに。

リアル面

大学2年~3年。学校の教師を目指して教職課程を取っていて、必要な単位が多く土曜も大学で講義を受けていることがあった。入学当初から合唱サークル(活動は週2回、時期によっては追加で日曜も練習があった)に所属していて、両立が大変だった。大学内でITアシスタントという学生アルバイトをしていた(卒業までずっと続く)。ね?遊ぶ余裕なんてないでしょ?

21歳

ゲーム面

ITアシスタントのバイトをしている人からの誘いでポケモンサークルの存在を知る。即入部。学園祭等で他大学との交流を楽しんだりして、ポケモン界隈との人脈が一気に広がった…気がする。

この頃にBW2が発売、ポケモン熱が一気に高まって廃人化。フリーマッチであらゆるタイプ統一パを組んで遊ぶ。また、クリスマスをポケモンセンターに居座ってDSのバッテリーが切れるまで孵化作業をするくらいヤバくて残念な人間に。

リアル面

大学3年~4年。基本単位はフル単なので、履修する講義の数が少なかった。ポケモンサークルに所属できたのはそのため。時間に余裕が出来たからか、イベントスタッフや個別指導塾のアルバイト等も始めた。

…就活はどうした?学校の教師になるんだからそんなもの必要ねぇ!

22歳

ゲーム面

ポケモンXY登場。元々所属していた合唱サークルの活動よりもポケモンサークルの方に重みを置くようになる。特にトリプルバトルにハマって、オフ会にも参加するようになった。トリプルバトルのオフ会に参加していた人の中には、ポケモン界隈的に名を連ねている人が(中には公式大会で優勝した人も)結構いて、そういった人たちとリアルで交流・対戦した実績がある(バトルビデオも残ってる)というのは何か誇らしいよね。

リアル面

大学4年~卒業後。

ここまでゲーム面に熱くなっていると人生に対して盲目になるもんなのだよ。

教育実習を通して教師としての資質が無いことに気づく。教員採用試験に不合格。

卒業論文を一週間で作成して、無事留年せず卒業したが、無事就職浪人生に。バイトは続けていたのでギリギリフリーターだが、祖母からはニートニートと罵られる。

 23歳

ゲーム面

OBとして未だにポケモンサークルへ顔を出す生活。ポケモンORASが発売。確かこの頃はまだ現役部員に混じって他大学との交流を楽しんでいたし、現役時代にも行われていたサークルの合宿にも参加していた。心はまだ大学生であり、トリプルバトルを好むポケモン廃人。

リアル面

祖母からニート扱いされるのが癪に感じ、就職サポートセンター(ハロワとは違う)を経て小さなIT企業へ就職。なぜかそこで合唱サークルの同期と1年ぶりの再会。世界って狭い。

24歳

ゲーム面

この一年は数少ないポケモン本編の新作が発売されなかった時期。就職したころによりポケモンサークル関連の絡みが疎遠に。だからオフ会に参加することがポケモンモチベを保つ重要な役目を果たしていたと思う。

リアル面

せっかく就職した会社、社長がクソ人間だと判明して社員に犯罪まじき行為をさせるヤバい会社だと気づく。それに気づいた社員は次々と消えていく。自分は客先常駐をしていたので被害は少なかったものの、その常駐先で知り合った営業さんを経由して今勤めている会社(業種は同じIT系)へ斡旋する感じで転職。

転職はしたものの、元いたクソ会社で意気投合した社員(以下リア友)が一人いて(合唱サークルの同期とは別)、リア友とは今でも遊び友達・旅行友達として毎月のように遊んでいる。

25歳 …本厄(重要)

ゲーム面

ポケモンサンムーン発売。まさかのトリプルバトル廃止。一気にポケモンのモチベがなくなった。まだギリギリ「島めぐり」という独自のストーリー展開が新鮮だったから、適度に孵化作業や新ポケモンの育成とかをしながら過ごした。

この頃、ソシャゲ面でシャドウバースがリリースされてハマる。パズドラと両立して遊んでいて、ソシャゲとパズドラ、たまにポケモンといったバランスで遊んでいた。

リアル面

本社では働かせてもらえず、ずっとSESとして客先常駐。とある現場で案件が炎上して週に2回徹夜を強要される(しかも夜勤明休暇は無し)という事件が発生し、夜勤がトラウマになる。また、当時は実家暮らしだったが、実家から現場までの通勤時間が片道1時間半で、通勤時間の長さに嫌気がさしたことがきっかけに、一人暮らしすることを決意。現在のアパートで一人暮らしを開始。

26歳

ゲーム面

ポケモンUSUM発売。だが、ポケモンモチベは完全に地に落ちていて、ストーリーをクリアしたらほぼ投げていた。

一人暮らしを始めて、前述のリア友を家に呼びやすくなったことがきっかけに、マリパ桃鉄などのパーティゲームを(2人で)やりこむようになる。

リアル面

SESとして現場を転々とする日々が続くが、そのうち勤務態度の悪さ(集中力の低さや居眠り疑惑)やコミュニケーション能力の低さを指摘されるようになり、挙句の果てに減給させられそうになったため、会社と色々と協議した結果、正社員から契約社員に降格(3年経った今でも、契約社員のまま)。

勤務態度・コミュニケーション能力などの指摘に対する原因が分からないため、カウンセリング目的で心療内科に通ったところ、発達障害を持っていることが判明。

27歳

ゲーム面

ポケモンはピカブイが発売。しかしポケモンモチベのない私には買う興味など湧かなかった。そもそもswitch持ってなかったし。

桃鉄を始めとしたパーティゲームには飽きて、突如としてレトロゲームがマイブームに。リア友とはスパデラやらカービィ3やらで遊ぶように。風来のシレンやFEとかも遊んだりしてた。

確かこの頃にはシャドバに飽きて引退、ソシャゲはパズドラ一本のみになった。

リアル面

検査等を経て精神障がい者手帳を取得。それを報告した結果、会社ではSESではなく管理部の一員として受け入れられるようになり、残業がほぼ発生しない安定した職場環境の元で働けるようになった。

28歳

ゲーム面

ポケモン剣盾発売。その頃にはswitch入手済み。どうせハマらないだろうと思いつつ購入して遊んでいたら、リピートボール級という種族統一界隈との出会いを経て、ポケモン熱が復活。昔遊んでいたゲームは全て放り投げて、暇あれば種族統一パの作成・証集めを行う日々に。

リアル面

新卒が例年の2倍以上の人数が入ってきたり、セキュリティに関する外部監査の更新年だったりと、何かとイレギュラーなイベントはあったけど、稼働は安定していた。

29歳

ゲーム面

ポケモンが楽しい。とにかく仲間大会が楽しい。仲間大会を開催するようにもなった。

もはやポケモンすることだけを生きる糧として、毎日を過ごすようになった。

リアル面

コロナヤバい。でもテレワーク万歳。なぜなら通勤時間がなくなってポケモンできる時間が増えるから。もはや働く意味なんて考えない、給料が安いことなんて気にならない。だって私はポケモンをするために生きているのだから。

そして30歳へ…

Q. ところで…お前の人生、「恋」という文字が一つもないのは気のせいか?

A. せやな。こうして私は「魔法使い」になってしまったからな!